ねぇ、あなた聞いてくださる?
あたしにはマゴがいるんだけれど、え?マゴがいるようには見えないですって?
まぁ、あなたお上手ねぇ。
とっても嬉しいわ、どうもありがとう。
あたし、嬉しいこと言われたら素直に受け取るたちなの。
謙遜なんかしないわ、だって嬉しいんだもの。
誰かから褒められるなんて素敵なことだわ!
あなたも人から嬉しいこと言われたら、その喜びを素直に表した方がいいわよ。
その方が断然清々しくて素敵だわ!
あぁ、そう、私のマゴ娘のことだったわね。
碧波っていうの。
高校2年生のセブンティーンよ。
17歳……。
人生の春の霞を抜けてこれから鮮やかな夏を駆け上がって行こうとする、一番エネルギッシュな年頃かもしれないわね。
その碧波の様子が最近おかしくてね、あたしにはどうにも解せないことばかりなの。
なんだかいつもソワソワして、カレンダーを見てはため息ばかり。
かと思ったら空を見上げてうっとりした表情で微笑んでいるのよ。
どうしたの?って訊いても何も答えてくれやしない。
昔はおばあちゃん、おばあちゃんってよく抱きついてきてくれたのに、年相応の反抗期っていうものなのかしらねぇ。
え?それが当たり前?
そうね、人が成長する過程ではとても大切なことよ。
自分で自分の気持ちをどうしていいかわからずに持て余して、周りと衝突を繰り返しながら、その中で本当の自分を見つけられる大切な時期だものね。
でもねぇ。
それでも答えてくれないのは、やっぱり寂しいものなのよ。
ほんの少しの相槌でもいいんだけれど。
でも、周りを見る余裕がないからこそ、あとで大切なものがなんなのかを知ることができるのよねぇ。
人の人生って、そんなことの繰り返しなのかもしれないわねぇ。
あら、ごめんなさい、なんだかしんみりしちゃったわね。
あたし、しんみりするの苦手なのよ。
さっきも碧波の顔を見に行ってきたんだけれど、今日はやけに真剣な顔でじっと携帯電話とにらめっこしていたわ。
誰かの連絡を待っているのかしら。
恋人?
セブンティーンだもの、恋の相手の一人や二人いたっておかしくないわ。
あたしがセブンティーンの頃は大変な時代だったけれど、その中でも淡い恋心を抱いていた人はいたものよ。
あら、あなた笑っているけれど本当よ。
この話をすると一晩じゃとても時間が足りないわ。
あのひとと出逢って、どんな風に恋に落ちたのか。
あのひとの瞳はそりゃあ澄んでいて、紡ぐ言葉にはいつも真実の想いが込められていて、とても美しい言葉だった。
あのひととの出逢いはあたしにとっていつまでも色褪せない、かけがえのない大切な宝物なのよ。
そうだわ、あなた、この話は夫には内緒にしていてね!
ああ見えて夫はヤキモチ焼きなの。
絶対に認めないでしょうけれどね、内緒よ、お願いね。
あぁ、碧波もあの頃のあたしみたいに、心ごと揺さぶられるようなひとに逢えたのかしら。
昔から自分の気持ちをうまく周りに伝えられなくて、いろんな誤解を受けてもきた娘だけれど。
あのひとみたいに想いのこもった言葉をもらって、あの子、謙遜なんかしないでちゃんと受け取っているのかしら。
まったく、心配だわ……。
あら、いつのまにか雨が上がったのね。
見て、草の先に光る玉があんなにこぼれて、まるでピアノの鍵盤のように草が踊ってるわ!
まあ!虹!虹よ!
なんて綺麗……。
あぁ、そうね、わかってるわ。
あたしは、これからあの虹を渡っていくのね。
……あなたにあたしがわかったの、なぜかしらね。
碧波のお友達だから?
それとも、あたしと同じように碧波を愛しているからなのかしら。
あら、碧波が来るわ。
あの子ったらあんなに髪を振り乱して走って、まぁ、あんなにスカートを翻して!
あの子、泣きながら笑ってるの?
あぁ、あの子にとってのあのひとからきっと連絡がきたのね。
あたしもあのひとに逢いたくなっちゃった。
きっとこの虹の果てで待っていてくれているはずよ。
何も言わずに、ただ黙って手を差し伸べてくれて。
あたしは今度こそ、その手をしっかり掴むの。
もう、掴んでもいいのよね。
あぁ、もう一度言うけど、このことは夫には内緒よ!
これはあたしのひとり言、ひとり言なのよ……。
「風詩!」
碧波はスカートの裾を翻し息を切らしながら、風詩に体当たりでもするような勢いで駆けてきた。
「碧波」
「あたし、会えるの!会えるのよ!
ずーっと会いたかったあのひとに、やっと、やっと!」
興奮覚めやらぬと言った口調は語尾が震えていて、瞳には今にも溢れんばかりの涙が光っている。
おそらく、ずっと欲しいと言っていたチケットを手に入れることができたのだろう。
「そんな強くスマホ握りしめて、壊れるぞ」
「だって、連絡をずっと待ってたんだもの!
あぁ、本当に信じられない……!
あたしはあたしでいいんだって、たくさんたくさん背中を押してくれた大切なひとに会えるなんて……!」
「それ、焼けるな、ちょっと」
「風詩⁉︎」
碧波がほんのり頬を染めながら嬉し涙を流すのに風詩は正直焼けなくもないが、まったく怖くもなんともない、寧ろ愛らしさしかない睨みを寄越してくるのを見て愛しさが込み上げる。
長らく人間関係に悩んでいた碧波を深い底から救い上げてくれた存在なのだ。
会えるとなれば喜ぶのは当然なのだ。
「ハハハッ、うーそ!嘘だよ。
良かったな」
「うん……うん……」
嬉しくてこの状況が未だ信じられないのか泣いたり笑ったりの碧波に、風詩は少し上を向いて空を指差した。
「なぁ、空、見てみろよ」
「わあ……!虹!……綺麗ねぇ!
虹を見るとおばあちゃん思い出すなぁ。
すごくファンキーなおばあちゃんでね、虹が出たら誰よりもはしゃいでた。
あたし、大好きなんだ」
「ファンキー?……たしかに」
「え?風詩、うちのおばあちゃんに会ったことあった?」
首を傾げて不思議顔の碧波に風詩は慌てて首を振る。
まさかついさっきまでそのファンキーばあちゃんから話しかけられてたなんて言えないし、言ってもたぶん信じてもらえない。
時々昼間でもこんな不思議体験をすることを、風詩は碧波に話したことはない。
ーーなんだろう、オレって話しかけやすいのか?
一時期その奇妙な体験をすることに悩んだけれど、今は開き直って来るもの拒まず、でも何もできない、話を聞くだけスタンスを貫く風詩だった。
「い、いやいやいや!
フ、ファンキーばあちゃん、最高!」
「おばあちゃんも喜んでくれるかな!
あたしの願いが叶ったこと!」
「絶対、喜ぶと思う」
風詩の眼裏にファンキーばあちゃんのくっきりした笑い皺が浮かんで、今頃きっとばあちゃんの『大切なあのひと』と一緒に喜んで、もしかしたらステップの一つでも踏んでいるかもしれない。
「やけに確信的ね」
やっぱり不思議そうに首を傾げる碧波は腕を上げて大きく深呼吸をした。
「ホッとしたら久しぶりにおばあちゃんに会いたくなっちゃった。
お花買っておまいりに行ってこよう!」
「一緒に行くよ」
「いいの?」
「オレもファンキーばあちゃんに会いたくなった」
「ありがと。お花、ブルージャスミンあるかなぁ。おばあちゃんが大好きなんだ……」
弾むような声が辺りに響き、その声に呼応するかのように天上では美しい虹が二重に輝き始めた。
完
大好きな米津玄師さんの来年のライブツアー、『2023空想』の当選発表を明日に控え、ドキドキソワソワのまーたるです(*≧∀≦*)
あまりにドキドキして明日の今頃はどうなってるのかしら⁉️と考えていたら、この物語が降りてきました❗️ヽ(*´∀`)✨
物語はいろんなところから湧き出てくるものですね(*´∀`*)❤️
絶対当選だッ‼️✌️✨❤️
最後まで読んでくださりありがとうございます
ヽ(*^ω^*)ノ✨❤️